患者さん、地域の方、そして職員にとってよい病院に

転職・復職をお考えの方

事務長コラム

2年目・3年目ケーススタディ発表会を拝聴して

 

最後の発表は、80歳代半ばの女性(膀胱全摘後腎ろうカテーテル造設・蓄尿バックあり)が、希望する自宅退院を可能にするために必須の(日中不在がちの娘との二人暮らし)蓄尿バックの自己管理ができるようになるまでの話でした。

 

最初の本人の悲しみ(なんでこんな姿になってしまったのか、がんが再発しているのではないかなどなど)や、現状を受け入れるまでの本人の気持ちの変化がよく伝わってきました。

 

また蓄尿バックを忘れて歩行訓練をしていた最初の頃から、徐々に自分で尿量測定をするようになるまでの取り組みの工夫も「なるほどな。」と感心するものでした。

 

結局、最初の頃は「死にたい」と悲しみに暮れていたのが、最後には自分でできることは自分でするようになっていったのですが、その取り組みの報告の中で引用していたエリクソンという人の文章に惹かれました。

 

「自分の人生はただ一度限りのもので、やはりそうであらねばならなかったと受け入れることが老年期の発達課題である。」

 

このナースが社会経験を積んでから看護師になった人だからなのか、それとも看護師としては当たり前にこのような目をもって高齢者と接しているのか。

 

深く頷いた一文でした。

2年目・3年目ケーススタディ発表会を拝聴して

認知症の患者さんを看護して得られた学びについての発表もありました。

この内容がまた細かくて、単に看護記録を長々とコピーしてきただけかとも思ったのですが、しかしどの日の記録を省略しても患者さんの様子を伝えるのは不十分と思ったのでしょう。 患者さんが自宅から病院という環境違いの所に入ってからの混乱している様子、時間が経つにつれて落ち着いていく様子がよく分かりました。

またこの患者さんを通して認知症についての理解を深め、その理解に基づいた看護、ケアの仕方を学習、考察する様子もすんなりと伝わってきました。

結局この患者さんは2ヶ月余の入院後自宅へ退院していきました。

フレッシュマンの記述内容は、我々部外者にとっても理解しやすい内容です。というか、レベルです。

 

2年目・3年目ケーススタディ発表会を拝聴して

 

入院している患者さんの看護をするのが病院勤務の看護師の仕事ですが(当たり前)、今回の発表の中に、退院後の在宅介護まで確認した事例発表がありました。

 

患者さんは90歳代女性で、寝たきり、全介助の人。長男夫婦と同居。

 

胃ろうあり、膀胱留置カテーテルあり。

 

訪問看護も週2回利用している。訪問入浴も週1回利用。しかし利用している在宅サービスはこれだけ。

 

つまり、毎日の介護は長男夫婦(主に長男)が行っている。 老々介護。

 

但し、寿命のあるうちは自宅で看てあげたいという長男夫婦の意思があり、ずっとそうしてきたという体験がある。

 

そうした家族の希望を最大限実現するために、その障壁になっているもの(尿路感染対策など専門的な知識不足など)を取り除き、いかに不安を和らげて長期間在宅介護を続けていけるか、そこに病院勤務の看護師も関わっていく必要性があることを確認したという内容でした。

 

こちらも患者自身含め、患者を取り巻く状況がよく分かり、なによりも退院後きちんとケアされているのかどうか確認したいという、そのプロ意識に感心しました。

2年目・3年目ケーススタディ発表会を拝聴して

前回の肛門腫瘍切除術後の患者が自宅に帰るまでの看護を発表した人は2年目のナースでしたが、2題目の大腿骨頸部骨折で食事全介助の90歳代女性が食事を自力摂取できるまで持ち込んだことを発表したナースは3年目でした。

こちらの内容も素人の私がイメージできるほど詳細に記述してくれていて、よくここまでできるものだ、と感心しました。

両下肢とも拘縮していて、大声を出し、拒否が強いというこの女性に対し、自分で食事をしようとしている意欲だけはあることに気付いて、少しずつ本人ができることを増やしていってその意欲を高め、忍耐強く関わり、最後には食事を自力で全量摂取できるようになったという。

 

本当に、身内以上のことをしてくれているのだなと感心、感動します。

卒後2・3年目ケーススタディ発表会を拝聴して

80歳代女性が肛門腫瘍切除の手術を受け、入院中はその清潔管理をし、自宅退院に向けて本人と自宅でケアをする家族に指導する。

考えただけでも大変なことで、現場を知らない私のような人間にとっては痛々しくて、汚くて避けて通りたいところです。

 

しかし、卒後2年目といえど既にプロとしての自覚のなせる技か、優しい気持ちの表れか、患者本人の気持ちに寄り添い、自宅で介護するという意思をもつ家族に指導し、無事自宅退院となりました。成功です。

卒後2・3年目ケーススタディ発表会を拝聴して

感心しました。

看護部の皆さんにとってはこんな研究発表は当たり前というところでしょうが、病院職員とはいっても現場部外者である私にとってはとても新鮮でした。

まず内容がわかりやすい。

5つの演題発表でしたが、最初の高齢者の肛門腫瘍摘出手術後の創感染予防と早期離床についての発表では、一読しただけで状況がリアルに想像でき、ケアの大変さが伝わってきました。

淡々と客観的に述べられている分、適切にケアしていることが伝わってきました。

 

私には痛々しい創部の様子が伝わってきて、ずっと顔をしかめていましたが。

Windows7に変えて・・・

良かった。

早くなりました。 起動もプログラムの立ち上がりも、そしてファイル検索も。

以前のPCでは起動まで5分もかかっていたのでSSD(120GB)にしていたのですが、それと比べても早い。

今使用中のPCはHDD230GB、使用率約30%で、WindowsXPのSSDよりも体感的に半分以上早くなったように感じます。

良かった。

 

本題ですが、昨日は山形県最上総合支庁企画の地元中学生向けの医療系職業への動機付け講演会が行われました。

ここ何年か医師も含めて当院にも声かけしてもらっており、今回は薬剤師、看護師、理学療法士が話しをさせてもらいました。

もし私も中学生時代、高校生時代にこのような様々な職業についての話を聞けたり、インターンシップのような職場体験をする機会があったら、たぶんその後の人生も変わっていただろうと思います。

このような企画は医療系職業への誘導について効果を望めるのはもちろん、社会に出て行く準備として大変良いことと思います。

今後も当院は関わっていきたいと思います。

最上町黒沢地区について(職員による「提言」より)

 黒沢地区は、最上町役場がある向町から北東へ約1.5km行ったところにあり、そのまま県道を真っ直ぐ行くと、太崎市の鬼首に抜けます。戸数60戸、人口約220人の小さな地区で、商店は無く、自動販売機が1個あるといった、非常に静かで落ち着いた地区です。ただ、町内の他の地区と同じく、高齢化率が35%と、少子化と合わせて将来に不安を残す世代構成となっています。

 このような純農村地帯である地区ですが、他の地区と違うのは、昔からこの地区に伝わる「黒澤餅搗き唄」の伝統芸能を代々継承した文化活動を行っていることにあると思います。「黒澤餅搗き唄」は地区全体で結成された「黒澤餅搗き唄保存会」により守られ、約30名ほどのメンバーを中心として活動しています。

 この餅搗き唄は、始めに「こねり唄」に合わせて、男衆4人のこねり手により蒸かしたもち米がこねられ、その後「つき唄」に合わせて、男衆3人の搗き手と返し手により餅に仕上がります。仕上がった餅を、女衆のきり手が両手で餅を素早くきる様は、見どころの一つとなっています。

 昭和30年代頃まで、結婚式(むがさり)を自宅で行うのが一般的であった頃は、若い衆が臼と杵を担ぎ、結婚式に赴き餅搗き唄を披露する習わしでした。よって、「こねり唄」は男女の卑猥を帯びた唄が多く、「つき唄」は男女の恋愛をモチーフにした唄となっています。

 その後、結婚式で披露することはなくなりましたが、最近は各種のイベントなどで披露する機会が増えてきました。一昨年からは、マックスバリュ新庄店にて夏と秋に店舗内で披露も行っています。

 平成23年3月11日、東日本を中心とした未曾有の大災害が発生しました。その年の夏、あるきっかけにより、気仙沼市本吉町前浜地区に伝わる大谷大漁唄い込み保存会の方々と黒沢地区・黒澤餅搗き唄保存会との交流が始まりました。

 この文化の交流から発展し、現在は前浜地区と黒沢地区の地区単位の交流に発展しています。前浜地区の祭りに招待されて餅搗き唄を披露したり、お互いに訪問し合い、交流会を行うといった人の交流を図っています。また、黒沢地区でとれた野菜を持って行っての直売(非常に安く!)や、前浜地区の三陸産塩蔵ワカメを仕入れて、こちらで販売したりと物の交流まで広がっています。

 東日本大震災により、前浜地区では8名の方が亡くなり、同時に住民のつながりの場であった、公民館(前浜マリンセンター)も被災を受けました。

 そこで、元々地域のつながりが強く公民館を中心とした活動が活発であった前浜地区が一丸となって、公民館の高台への移転新築に取り組むことになり、本年の8月には「新前浜マリンセンター」が完成します。その建物の大黒柱に黒沢神社境内にあった樹齢約100年のコブシの木を、住民総意のもとに提供しています。

 このつながりを書き留め、前浜地区と黒沢地区の新たな歴史の始まりに際して、いま両地区の間で、災害時の相互協力も含めた、友好協定を結ぶこととしています。

 また、今年の3月11日には「不忘灯(わすれじのともしび)」と題し、夜7時から地区の各家の前にろうそくの火を灯し、あの震災を忘れない取り組みも行っています。

 これまで紹介した活動を進めていくためには、資金面などの課題が山積していますが、それを黒沢地区の肥しとして、将来に引き継いでいかなければと考えます。

 「今までの黒沢」と「今後の黒沢」について紹介させていただきました。是非、一見何もない黒沢に遊びに来てください。

ツボを刺激して元気に頑張ろう!(職員による「提言」より)

看護師稼業は心身共にハードなもの。疲れが溜まらないうちに、自分の身体をメンテナンスしておきましょう。
3階病棟師長Y

「晴明」せいめい
(目頭より少し上の部分)→疲れ目〜肩こりに
 簡単な方法は、肘を立てて、親指を「晴明」に当てます。頭の重みを利用してぐーっと指を押し込んでいきます。痛みがひどい場合には優しく、時間を掛けてマッサージしましょう。マッサージの後は少し遠くを見るなどして、目を休めて下さい。そうすると肩から上がスッキリしているのに気付くはず!?

「湧泉」ゆうせん
(足の裏の第2指と第3指の骨の間で、少し窪んだところ)→足腰の疲れに
 湧泉は漢字でわかるように、元気(源気)が泉のように沸いてくるところです。ですから身体に元気が戻り、身体の疲れを取り除くのに効果があるツボです。
 湧泉を3秒押して3秒離すということを繰り返すことによって効果を得られます。
 多少痛みを感じるくらいがちょうど良いでしょう。 靴下の上からでも十分効果があります。

「足三里」あしさんり
(ひざのお皿の下の窪みから指幅4本分下に下がった、「すね」の外側。人差し指をお皿の下に添えると小指あたりの痛点。)→健脚
 足三里は「足の疲れ・だるさ」「胃の痛み」「食欲不振」「吐き気」「下痢・便秘」「口臭」などに効果があります。
 足三里は古くから有名なツボだったようで、松尾芭蕉も足三里に灸をすえて旅の準備をしていた。

「肩井」けんせい
(首頸動脈から指幅3本分後ろにまわったところ)→肩こりに
 主に肩こり、頭痛、歯痛、眼病時にこのツボを使う時が多いです。
 3秒押して3秒離すということを繰り返すことによって効果を得られます。

「欠盆」けつぼん
(鎖骨の上方のところ)→肩こり・胃弱に
 指で押す時はゆっくり弱く押してみて下さい。決して強く押してはいけません。
 また5本の指で広く押すと柔らかく押すことができ、押してもらっている人も心地いいと思います。

「合谷」ごうこく
(親指と人差し指の付け根に部分)→身体全体の疲れに
 ここは身体全体の調子を整え、疲労を回復してくれるツボです。冷え性の解消にも効果があります。
 すぐにマッサージできるところなので、気が付いた時には揉んでおくと良いでしょう。

優良整備管理者表彰ーーーありがとうございました。

6月19日、山形市内のホテルで、優良整備管理者表彰式が行われました。
これは一般社団法人山形県自家用自動車協会が行っているものです。
この協会に加盟する団体・個人は山形県下に1万以上あり、その中から今年度は40数団体を抜き出して巡回指導をしたところ、当院公用車の整備管理者である木戸喜信係長が最優秀ということで表彰されたものです。
優良整備管理者としては木戸係長含め5人が表彰されました。
また優良整備管理者選任事業所としては、当院含め7事業所が表彰されました。
当院には26人乗りバス5台含め公用車が34台あります。
これらの車の整備管理及び運行管理が優秀だということです。
木戸係長をリーダーとする地域医療部の大きな仕事に毎日の患者送迎があります。
交通の便が良い都市部と違って、この地域は車がないと買い物にも行けない集落が山間部に点在しています。
これらの集落を結びながら、毎日8コース以上、透析患者さんも含めれば10コース以上、健康友の会と協力して送迎車を運行しています。
さらに冬期間は、山形県でも一番の豪雪地帯ですから通常の送迎にも気を遣い、時間も2割増以上になる上に、病院駐車場の除雪も担当しています。
面積が広いので除雪業者に頼んではいるのですが、細かなところや業者が来ない時などは地域医療部職員が中心になって、小型のシャベルローダーで除雪をする訳です。早朝、夕方、日祭日関係なくです。
このようにギリギリの人数で気の抜けない毎日を送っています。

今年の新庄の雪

病院の駐車場というものは広いので除雪も大変ですが、どけた邪魔者の雪をどうするかというのも大きな問題です。

ダンプを頼んで排雪してもらうのが一番良いのですが、これが一番お金がかかります。

結局、駐車場の四隅に積み上げていくことになります。

どんどん積み上げていって一冬でこれだけ溜まります。(上の写真)
この雪山が駐車場の四隅にできる訳です。

不幸にもこの雪山に埋もれてしまう桜の木もあります。
そのうちの1本です。(下の写真)

皮が剥げているところは鼠が食べた痕だそうです。
豪雪といわれていた一昨年、昨年ともこのようなことは無かったのですが。
今年は鼠にもよほど厳しい冬だったようです。

雪害で生き残るも・・・・・

敷地内にある桜51本のうち、この冬の豪雪をしのいで無傷で生き残ったのは数本のみ。

 他はすべて、何らかのダメージを受けました。
 中でもほとんどの枝が折れてしまい、もう生き延びるのは無理ではないかと思われるものが12本ありました。
 そのうちの1本です。
 昨年はほぼこの状態から「ひこばえ」が生えてきて、「おおっ、たくましい!」と感心させられました。
 今年はどうだろうか、と心配しておりましたが、この写真を撮った翌日、死んでしまいました。
 この木の手前は駐車場になっているのですが、そこに頭から停めた車の運転手がペダル操作を誤って、止めるはずが突進してしまい、この桜の木を根本から折りながら下まで落ちてしまったのです。
 幸い誰もケガせずにすみましたが、桜の木はダメでした。

在宅医療推進会議の始まり

今回で3回、在宅医療推進会議を行いました。
 既に通所リハビリ、訪問リハビリ、ケアマネ事業所、訪問看護ステーション、ヘルパーステーションが院内にある当院で、何故、改めてこのような会議を始めることになったのか。
 各部署間の連携という意味ではありません。
 その目的の為には、上記部署に各病棟も交えた会議が既にあります。
 きっかけは、在宅での看取りを当院が関わることによってもっと増やせるのではないかという院長の考えでした。
 だいたい50年くらい前は、自宅での看取りが約8割、病院等での看取りが約2割、ところが最近は、病院等での看取りが8割以上、自宅での看取りは2割以下である、というデータをどこかで見た覚えがあります。
 福祉施設で心肺停止になった入居者が救急車で当院に搬送されてきて、とりあえず救命救急処置はするけれども・・・・、ということがしょっちゅうあります。
 そういう現場にいる我々医療従事者にとって、「これで本当に良いのだろうか?」と思わない日はない、というのがほとんどの人達の感想ではないでしょうか。
 在宅での看取り、福祉施設での看取りを増やしていくという行政の方針はもっともです。

 当院でも、行政の方針に沿ってというよりも、日常感ずることに従って、やれることをやっていこうじゃないか、ということで始まりました。

 初回は看取りだけに留まらず、在宅で生きる、最期まで在宅でより良く生活をしていくために、当院が関われることを探し、やっていこうじゃないか、という目的意識を共有しました。
 そして2回目は、当院で行っているWOCナース(皮膚・排泄ケア領域の認定看護師)の活動実績を踏まえて、福祉施設や訪問看護ステーション登録患者、さらには地元開業医が持て余しているひどい褥瘡がある患者への関与をどうしたら広げていけるか、ということについて話し合いました。
 院長の願いは、我々医療従事者も知らないようなところで、ひどい褥瘡で困っている人達がいないか、いたら見つけ出して何とか救えないか、という気持ちです。
 具体案も出てきたので活動を広げていきます。
 そして今回の3回目。
 口腔ケアについてが主な話題になりました。
 院長によると「高齢者には薬なんかを多く出すより、口腔ケアをしっかりやった方がはるかに良い。」とのこと。
 ということで、当院では評判の良い歯科口腔外科を中心に、訪問歯科口腔ケアのプロジェクトチームを作り、具体策を考えていくことになりました。

転職・復職に関するお問い合わせは、私、成田宛にどうぞ。